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■ 運を呼ぶ一年でありたい2014/01/19 (Sun)

 養鶏業で創業80年の会社から浄水装置の話がある。会社の内容を聞くと、育雛・採卵養鶏・鶏卵・鶏肉・飼料と総合商社的な会社で大きい。消費増税の影響か、新年早々、数件の話がある。今回は硝酸窒素対策として時間5トンの純水装置の話で、見積書の提出を求められた。大手なら優に1千万円は越える金額だ。さて、いくらにするか迷っている。今年は国内外に諸問題が山積し、困難な1年になりそうだ。大型の案件がまとまると明るいニュースになるが、運次第だ。思い返すと、カミヤタマゴさんと知り合ってから、いろいろと装置を開発しながら養鶏の世界を学んで成長してきたと思う。今回、この受注が成功すると本格的な実積がつく。

 平成元年に会社を設立して四半世紀が経ち、無我夢中で走り抜けてきて、私も今年で72歳になる。70代は終末期と思っていたが、70代になっても元気な老人がいて、不惑の年らしく、醜い動きも見える。頑張って結着をつけたい思いのする年齢でもあって、老人の動きも活発だ。私は生きる術として、『水と食と環境』の仕事を選んで生きて来た。

 25年前、中国では天安門事件が起きて、民主化が押し殺された時期だった。私は46歳で、香港に会社を設立した時期だ。その後の中国は、世界の工場となり、経済、軍事共に変貌して、今や、アメリカを抜く軍事大国になった。アメリカも民主国家の象徴と言っても、ひと皮むけば軍事国家だし、常に戦争の中にある国だ。アメリカに逆らえば生きてはいけない獰猛な国だが、民主化の流れもあって、中国とは違う信頼性はある。中国が力を増し、中華思想が世界の流れを変え、日本にとって中国は最大の脅威国になる。このまま中国と共存するのは難しく、日本は独自のスタンスを再構築する必要性に迫られている。
 私は大手企業の庇護のもとで30代を過ごし、幹部から抜適されて、RHD社の常任役員として働いた。香港に本社があったので、中国の発展する様を間近で見て、中国に勝つには、小さな会社で目立たずに、水の仕事しかないだろうと思っていた。日本が中国とぶつかっても、到底中国には勝てない。ここ10年、私は生き残りを考えて社を運営して来た。麻紀と麻衣子が会社に入社すると同時に、1か月間中国の大学に留学させた。

 私を知る友人達は、開発ばかりして大きくならない当社を詰りなじり、販売に力を入れて儲けたらとさんざん言われて来た。儲からない水にこだわる頑固さが理解されなかった。中国は日本にはない獰猛な国民性があって、日本人と同様に、とにかくお金が大好き民族で、満足を知らない。争っても絶対に勝てない国が隣にあるのに、多少販売が伸びて豊かになってもすぐに飲みこまれる。

 中国に勝つには唯一、『水と食と環境』の仕事しかなく、この分野を抑えきれば何とかなるし、我々のような零細企業であったとしても互角に戦えると信じてきた。ここ10年、中国に出向いて中国製品の改良の仕事に専念して水野に技術を学ばせた。弱み、強みをつぶさに把握して水の技術と部品の調達ルートを築いて来た。水は“命”の産業で、濾過技術が当社に育てば、互角以上に戦える分野になる。おそらく、中国では水と大気の汚染が国の発展を阻害し、食料不足、環境悪化で自滅と衰退が加速すると見ている。

 私が水と食を商いに選んだのも、悪い選択では無かったと思う。最悪の場合でも、自給自足の生活が出来るし、つくばにその基盤が出来つつある。ITや金融に比べてマイナーで日の当たらない業種だと思うが、水と食を生み出すビジネスが完成すると、やがては最先端の仕事に踊り出す可能性もある。

 突然、退職する羽目になって、溺れるまま藁を掴む思いで水ビジネスを選んだが、水の仕事は案外競争相手が少なかった。更に今は、良質な水を求める人々が装置を買い求めて向こうから近づいてくる時代になっている。少し前なら、65歳になると定年で、その後は年金生活と決まっていたが、寿命が延びた影響もあって、老人社会は死ねなくて甘い世界ではなくなった。老いても働かないと過ごす時間が消化し難い。かえって遅咲きの人生でも、獲物を捕らえる能力があれば生きられるし、過去のキャリアでは生き残れない社会になってきたと思う。病気と共生して、“死ねない老人”が増えて、老人の活性化が問題になっている。

 水の仕事は、比較的“好不調の波”が少ない。大儲けは出来ないが、仕事がなくなることもなく、経験が生かせて、この厳しい経済社会で、足踏み状態だが、一方で順調な面もあって頭さえ使えば何とかなる。私の周囲を見ても、世間が騒ぐほど儲かっている会社は少ないし、独立して25年も生き抜くとベンチャー魂が身について、世間の波には動じなくなって、最近は円高でも円安でも臆することがなくなった。

 大手企業に勤めていた時は、サラリーマンは気楽なものだったが、今は厳しい競争社会と聞く。くよくよせず、流されるままに人生を送ってきたが、誘われる機会があって東京に出て、後半は波瀾万丈の生き方を選んで来て、今も波に揉まれているが、死ぬまで働ける職場も築けて、案外苦労も悪くはないと思っている。

 せっかく大手企業で積んだキャリアも、退職すると0に等しくなる。安定はむしろ、不毛な人生で虚しく感じるが、危険が一杯の人生は「独立した生き方」に撤すると、何とかなったし、自分でつかみとった獲物は自分のものだし、ベンチャーの生き方も、安穏な感じがしている。

 昔、東大の元工学部の名誉教授を会社のトップに招いたことがある。社会的にはとても温厚で人格者に見えた。この人事を商社マンに話すと怪訝な顔をされ、「元大学の工学部長が、人格者だと本当に思っているのか」と詰問された。象牙の塔の権力闘争を勝ち抜いた人物を人格者と見る私の判断の甘さを笑われた。実際に、私はこの人格者から会社を追われて、46歳の時に独立する羽目になった。昭和63年に退職して、会社をつくる予定でいたが、年号が平成に変わる記念として平成元年に創業した。平成元年を取り上げた番組を見たが、案外、当時の出来事を覚えていて、起きた事件も記憶に新しく、よくぞ自由奔放に生き延びたものだと思っている。

 昨年は安倍首相に始まって安倍首相で終わった。今年も変わらないと思うと危ない気もするが、好き嫌いは別にして、良く働く首相だと思う。我慢もするので、是非成功して欲しいと願っている。円安、株高になって、一部の人は大儲けし、収益を増やした会社もあると聞くが、長い目で見ると為替に頼る経済はまやかしで本物ではない。私は円高でも円安でも耐えられる経営で望んでいる。

 小さな会社は常に浮草の如く漂って生きているので、水の仕事は案外、合っていると思う。年が明けても我慢の経営で、遅々とした歩みだが、狙った方向を向いている。世間で言う成長とは縁遠く、地味に徹して我慢の生活と割り切ると、エアポケットがあって輝く空間が見つかる。

 アベノミクスが成功した中、企業力で儲けた会社が果たして何社あるのか疑問で、自動車関連は円安効果で大儲けしたとはしゃいではいるが、私には全く恩恵はないし、株も持ってはいないので株高の恩恵もない。しかし、不景気感もなくて、心地良い高揚感はあって不思議な感覚だが、上がった株は下がってやがて悲鳴が聞こえて来る。特番で、行く宛もなくゲームセンターで時間を潰す人や、スーパー銭湯に住みこむ人々も増えて崩壊の兆候すら見える。人口が減って、家族の形も変わり、若者の苦痛は老人より深刻だと思う。

 都知事選が迫る中、5000万円の小銭で知事の職を失った金銭欲が本当に寂しい。来年度からリニアの工事が始まると聞くが、完成したところで、リニアを動かすには、旧型の原発1基分の膨大な電力が必要になる。老体国家に?マークの計画だが、名古屋まで45分でつながる。名古屋が東京都内に組み込まれる計算になるとぐっと日本が狭くなって大阪が呑み込まれて様変わりする。常識はどんどん変わるし、多様化し、複雑化するが、その分だけ多くの選択が課せられて、生きにくい社会になる感じがする。しかし、人生は短距離ではなく長距離走だということを肝に銘じ、生きるには自己を磨き、生きる技を磨く以外にない。個性の強さも、自己主張も生きる手段だし、日々面白く、現役で働いて、過去は捨て、未来に賭けることもとりあえず置いて、今を如何に生きるかを鍵にして、無心で今年も生きたいと思う。

 1月25日に、石巻の農業用ホームセンターにて、当社が新年から開発した全天候型の大型装置を展示公開する。ここの店長の紹介で、農林産業省が管轄する復興事業へも紹介され、シイタケハウスの水処理が評判を呼び、他からも2、3件相談話がある。これらのニーズに沿った装置を開発して、5年前から興味を取り組んできた特殊な塗料を全面的に採用した。多分、日本初の全天候型の大型装置が完成したと思う。日本初の装置だとしたら世界初の装置で、案外評判を呼んで、隣国中国にも装置として輸出が始まると見ている。
既に、この装置よりも小型の装置は、1月にベトナムに出荷を始めたし、昨年の末にはブータンにも一台納入して感謝の声が聞かれた。冒頭で養鶏場の仕事も、運があれば決まると述べたが、是非運を招いて一年を明るく過ごして行きたいと思う。

筆:川手恒義