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■ 明けて、若者がインドに出発2011/12/27 (Tue)

 今年を振り返ると、3月にインドを訪れたことが印象深い。インドを知る関係者からは、私の身体では無理だと止められたが、押し切って訪問した。迎えてくれた現地の関係者は、水処理への期待感が強く、朝から晩までミーティングで、食事も十分に取れなかった。まして、インド料理は口に合わなかったし、ホテルは一流だったが、空調が効きすぎて、カビ臭く、とにかく寒かった。結果、水分を多く摂りすぎて、心不全を起こしてしまった。持病である心臓の異変に覚えがあって、このままではまずいなと思い、深夜、透析治療を早める手配を頼んだ。インドの病院も、徹夜で血液検査を実施してくれたので、早朝に透析を受け、命を救われた。

 物見遊山ではなく、覚悟の旅だったが、透析中に病院から出されたコーヒーは、本当に美味しく、喉元を流れる感触は忘れられない。異国の病院のベッドで味わう、優しさは、感動だった。中国の時も、一人の看護師が付きっきりで待機し、果物と簡単な食事を調理してくれた。

 武安を訪問した時は、田舎の病院で透析を受けたので、わざわざ天津の病院から借りての治療だった。初めての外国人だったのか、看護師さんは緊張して、メガネを汗で曇らせて必死に治療をしてくれた。最後に、「また、来て下さい」と頭を下げられた。韓国でも西安でも、病気のお蔭で、その国の優しさに出会えて、その度に、その国との親密度は増した。

 帰国した矢先、東北で未曾有の大地震が起き、原発事故が併発し、数年前から計画していたビジネスが、放射能の影響で吹っ飛んだ。

 12月17、18日は、今年初めての氷点下を伴うとても寒い日だったが、長野県で、バイオマスタンクの設置工事を行った。この仕事も、多分一生忘れられないと思う。長野の小規模な養鶏場の経営者から、バイオマスタンクを設置したいと要請がきた。このタンクは、被災地で役立つと思って中国の工場に出向いて交渉し、無理やり10台導入したが、現地から反応がなかった。

 このタンクは、中国の農村の60%で使用されている実績がある。しかし日本では、いくら説明しても、零細企業が進める新しい技術は、なかなか芽が出ない。ここまで市場が冷え切って、閉塞感が強いが、本来なら、若葉のように育つ中小企業が出て来れば力強いのに、死に掛けの大手にしな垂れかかる国民の多さが、より国力を無くしている。  

 零下4℃の寒さの中で、朝から夜遅くまで、タンクを溶接して組み立て作業を続けた。寒さが厳しかったことが、判断を間違わせたと思うが、寒さで硬直したタンクに、ガス漏れ点検のために、圧力を3倍もかけたらしい。突然、タンクの一部分が破損、爆発した。幸い、怪我はなかったが、2日間の、水野、武藤氏、上田の苦労が一瞬にして吹き飛んだ。

 私は、透析を受けることは“死ぬ訓練を受けること”と割り切っている。死を身近に感じることは、魂を磨くことになるという考えがあるので、常に心の準備を整えている。健康な人と比べれば、死は恐ろしくないと思う。日本に住む多くの高齢者が、「早く迎えが来ないか」と口にするが、明日のあることが前提の、贅沢な言葉と思う。
 
 私には、寝ることも、仕事をすることも、若者を一人前に育てることも、生きる糧で、全てに感謝している。本当に未知の仕事は厳しいし、インドの仕事も、災害で吹き飛び、バイオマスタンクも吹き飛んだが、一番の心配は、水野の心の後遺症だった。インドからは、再び前向きな話が来ているし、私と再度やりたいと伝えて来た。バイオマスの仕事も、先方は強い方で、逆にこの事故で、タンクの耐久力が分かって、ノウハウが学べたと言うし、水野も、逆に手応えがあったと再挑戦をすると言う。

 インドからは具体的なメールが来て、EDIのセルを送ってくれれば、現地でRO装置を段取りすると連絡があった。計画の内容は以下の通りだ。

 
 『RHプリンスビラ川手様と、テクノビジョンとのインドでの打ち合わせでインド向け浄水器を開発されるとの事でしたが、@RO +EDI A海水淡水化装置、2機種に関しましては、テクノビジョンとして市場調査を行います。 
 
 川手様の意向に添うべくRO+EDI Filterに関して最初の調査をしました。プネにある製薬会社にコンタクトしました。この会社はRO+EDI水に興味を示しましたが必要水量は50リットル/日との事でした。彼らはRO+EDI装置をテスト的に設置する事に同意致しました。電気と水道水を無償提供する事にも同意しました。場所はプネ市から20Kmの場所です。製薬会社の代表者は浄水をテスト的に他の会社にも供給する事ができるとの事です。
 
 更に他の会社にもEDI装置に興味を示す会社を探して見ます。テクノビジョンはプネ工場でRO+EDI装置を製造する事に興味があります。川手様のアイデアにより、日本向けに輸出する事も可能です。
 
 勿論インド国内で販売市場を開拓する事も可能です。2012年1月の1、2週にRHプリンスビラ殿のスタッフの方が、インドのプネに来られる際にRO+EDI装置を設置予定の場所に案内致します。
 
 テクノビジョンとしてはRHプリンスビラの技術の方が、将来インドで装置を製造する場所も見学して貰いたいと思います。テクノビジョンは、海水淡水化浄水器についても興味が有ります。
 
 テクノビジョンは、この装置の詳細な技術情報の提供をお願いしたいと思います。使用方法、目標価格も教えて欲しいと思います。テクノビジョンは又、RHプリンスビラ殿に輸出する事にも興味が有ります。
 
 但し、主な部品は日本から供給して貰う必要が有るかも知れません。テクノビジョンとしてはRHプリンスビラ殿よりEDIフィルターを供給して頂く必要が有ります。RO+UFその他フィルターはインドで調達出来ます。これはコストを抑える為に必要です。
 
 テクノビジョンとしてはインドでの品質確保の為には図面、サンプル等の提供をお願いしたいと思います。テクノビジョンとソリュージョンがインドでのRHプリンスビラ殿の活動をサポートする事に同意します。』

 
 1月3日に、若手の第一陣がインドに向けて出発する。第二陣が1月15日に出発して、現地に組み立て工場を開設して技術指導を行う。第三陣として、場合によっては水野を派遣し、日本・インド・中国の技術を組み合わせた、中規模の浄水装置とEDI装置をつくる計画でいる。今年は、最悪の一年だったが、ネパール、インド、インドネシア、ベトナム等、少し開けだして、希望はある。

 3月に訪印した時、インドで廃水、汚物処理の仕事を頼まれて現地を見たが、貧困層より少し上の、日本で言う団地のような場所の汚物処理を見た。トイレの汚物と生活排水を、5トンのタンクに溜め、砂ろ過とイオン交換樹脂を通し、その水を再び屋上のタンクに汲み上げて、ウォシュレットの水に使うので、地元のインド人でも臭すぎて、社会問題になっている。

 国も、この汚物の臭いを取り除けと命令はしても、人口が激増し、インフラの整備が全く立ち遅れている。この廃水の仕事を処理できれば、無限に仕事があると現地の関係者は言うが、この国も日本と同じで“大手主義”が蔓延して、我々が示す「生物処理」の基準が明確でないと、商売にならないと言う。

 バクテリアで処理する技術は、標準化すると言っても、なかなか数値では表せないので、知人から紹介された生物処理専門の廃水処理会社と提携する予定でいる。日本では、インドや中国のようなひどい廃水の仕事は40年ほど前に終わっていて、日本における廃水処理のニーズは、当分増えないので、インドで日本の技術を展開すれば、有望な仕事になると思う。

 12月12日、大分に出かけた。前日に、大分のビジネスパートナーから電話があって、JAICAの方が来るので、海外の水処理の現状を話して欲しいとの連絡だった。この方から、水のコンサルタントやアドバイス、そして代理店の費用として500万円を頂いている。
 
 木曜日には、心臓のカテーテル検査を終えて、飛行機に乗るのに少し心配もあったが、日帰り旅にした。大分で、この友人が経営する、日本最大の、水耕栽培によるパプリカ工場」を見学した。技術、設備、全てを評価すると完璧な施設だった。良くやったなと思う反面、私には耐えられないであろう重荷を背負っている感じがして、気の毒な思いもある。
 
 私が大手に勤めていた時も、大きなプロジェクトをいくつも抱え、確かに忙しかったが、所詮、サラリーマンの仕事で、責任は分担されていて軽かった。彼はオーナーであって、全責任が彼に課されるので、つらいと思う。今の社会は、突出する若い経営者が背負う荷物が重過ぎる。社員の生活を守るために次々と新しい仕事に挑んでも、多くは無償の代償しかない。

 日本では、残念ながら成長産業が見当たらない。私が小さな仕事を飽きずに20年近く続けているのは、水の仕事は日本より海外の方が向いていると思って開発をして来た。地下水をメインにした仕事は、地下水が飲めない状態の人が買い求めてくる仕事で、使った人が喜ぶ声が直接届くので、続けてこられたと思う。

 11月の終わりに滋賀に装置を納入した。本当に心から喜ばれた文書も頂いたので一部紹介する。

『日に日に寒さが厳しくなってくる毎日でございますが、その後お元気で頑張って居られるものと思って居ります。この度は、待ちに待った浄化システムを設置して頂きまして、本当にありがとうございました。
 夫婦は勿論のこと、仲間のみんなも喜んでくれまして、本当に有難く思って居ります。御礼の返事が遅くなりましたが、重ねてお礼申し上げます。本当に有難うございました。これからも御社と末永いお付き合いをさせて頂きたく宜しくお頼み申し上げます。又、機会があれば一緒に食事もしたく思って居ります。その時まで、心よりお待ちして居ります。御社のこれからの発展を心よりお祈りしまして、ペンを置きます。』
と頂いた。