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■ 再生日本,地下水ビジネスで貢献2011/03/15 (Tue)

 3月2日からインドの地へ赴いた。私と水野、ムトウエフエーの武藤君と3名での旅だ。今後10年、日本は非常に厳しい。活路を開く為に、インドでのビジネスを考えて、旅に出かけた。現地のJハル氏も同じく地下水の事業に期待して迎えてくれた。インドで受ける人工透析も、心配もあったが、日本の医療を抜いてた。

 私自身、中国には太いパイプがあって、個人的には、中国とのビジネスを広げるとリスクは低いが、今後、日本の国が生き残っていく相手国は、中国は終わった気がしている。日本は馬鹿の一つ覚えのように、“アメリカ一辺倒”で外交や政治が動いているが、アメリカの狙いは中国とインドの市場にある。私は数年前から、インドのマーケットを育てることが、日本の国益につながると信じてきた。
 
 第二次世界大戦に敗れ、国際裁判で戦争犯罪国として裁かれた折も、インドだけがこの判定に反対した。世界から見捨てられた日本に、インドから一頭のゾウが寄進された。小さくとも、日本の子供たちに大きな夢を与えてくれた暖かさを今でも鮮明に憶えている。巨大な未知の国に、小さな私たちがどういう形で貢献できるのか、考えて来た。私には、新しい事業を、形にする特性が少しあって、大手企業から独立したときも、水に焦点を当てて、ビジネスを考えた。

 欧米の会社を回って、新規事業の案件を探した経験から可能性のある仕事は皆無だった。そんな中、オーストリアの会社で、タングステンや、タンタルというレアメタルを加工する会社を訪れた。レアメタルは、将来有望な仕事になると確信した。アルプスの山間にある深い雪を掻き分けて、二度この会社を訪れて、レアメタルの製造契約の内諾を得て、社長に連絡を入れると、この会社の代表を日本に連れてくるよう言われた。日本の社長の感覚は、レアメタルには当時は全く関心が無く、日本企業と一緒にやりたければ、頼みに来いという横柄な態度だった。当時の日本の経営者は、国際的な感覚に乏しく、知識も無かった。

 その後、大手企業の感覚に嫌気がさして、”香港”で起業した。「KLテクノロジー」という会社を興し、相棒のルーという、香港大学を卒業したエリートと共に、深圳に向かった。深圳の駅前に立った時は、荒涼とした砂埃だけが舞う街だった。日本企業としては、サンヨーが唯一進出していた程度の小さな町で、タクシーで30分ほど走っても、見る建物もなく、海岸に係留されていた錆付いた空母を見学する程度だった。

 20年経って、今の深圳には、4000万人の人口が住み国際都市に変貌した。中国の発展のスピードを見ながら、逃がした魚は大きかったと考えて来た。つくばの産総研のベンチャー企業であるつくばテクノロジーの経営者と友人関係になって、娘の麻紀と麻衣子を深圳大学に1ヶ月間語学研修に行かせた。研修は表向きの理由で、中国の凄まじいエネルギーを知って欲しかった。この研修の間に、偶然、世界最大の膜メーカーを紹介された。中国から見れば、日本の産総研がバックにした私なので、信用があるのか、話が具体化して、膜の評価のために、地下水に使って、年間数千万円を超える仕事に育ちだした。数年前からインドに進出するような、話が出始めた。タイ・カンボジアにも仕事の話があったが、いずれもうまく進まなかった。新日鉄の関連会社とベトナムでの事業契約が完了し、いざ始める矢先に、リーマンショックで全ての契約が吹き飛んだ。

 太陽光発電を使って、地下水浄化を行うプラントを、日経と日刊工業新聞に記事を載せた所、この記事が、インドのカップリング会社の社長に届き、水ビジネスへの参入を即決したらしい。つくばの事務所でインドから来られて会ったが、印象は、“出来る人”だと直感した。経歴を聞くと、エバラ製作所で、インドの市場を開拓した逸材で、今でもエバラの役員からの信認の厚い人物で、ドイツのカップリングメーカーにおいても、インドの市場を切り開いた人物だった。私も、インドを焦点に準備に準備を重ねて、EDI装置の開発に力を注ぎ、完成した装置を、まずはネパールに寄付し、実際に装置を見せて感触を知りたかった。

 私自身、病気持ちで、インドの訪問が出来るのか不安はあったが、毎日体調を整えた。一番気がかりだった、心臓のことで、検査を受けて、2月に二度の大手術を終えた。多分、今回のプロジェクトがなければ、小さな地下水の田舎の浄水メーカーとして終わると思う。日本の市場も冷え切って、同時に日本人の心も萎縮して、大きな夢を語ることさえできない国になっている。政界を見ても、首相の行動は、全く信用が持てない。多分、独裁のガタフィ大佐よりも程度が低いと思う。この創造性のない政権下では、新しい技術の開発をしても、意味がないと思い出した。昨年の10月頃から、日本を離れて、市場は広大なインドへ、今日まで開発のための全てを注ぎ込んで、若い人達が夢を持って働ける環境を作り出すための、「命を賭けた旅」になった。

 現地の社長を紹介してくれた日本法人の社長が、「ムンバイの空港はものすごい人で、危ないし、車の移動も片道4時間もかかり、とてもハードで勧められない」と、中止を進言してきた。私は過去に、中近東のイラクのウル地区という、52度の熱風の中、過酷な旅も経験し、モロッコでもフェスという、敵を阻むための迷路の町にも行った経験があるので、心臓が悪いとか、人工透析が心配で、大事な商談に行かないという小市民的な感覚は持ちたくはない。
 
 ムンバイにつくと、海際に建つ高級ホテルに通された。次の朝から、どのようにしてインドビジネスを進めていくのか、市場はどこにあるのか、どれくらいの価格で造れば売れるのか、全く情報も無い中、相手方も“水の知識”は無いので、何をしたらいいのか、指示を求められた。お互いに結論の出ない会話が続き、とにかく新会社をつくろうという提案をした。インド側から2人の役員、日本側からも2人を派遣して欲しいという提案をしてきた。私は、恥ずかしながら過去に、香港で1千万円、アメリカでも1億4千万円を投資して、資金を失っている。海外進出する日本企業は一度はこれらの提案で騙されている。インド人の友人からも、インドで契約するときは、騙される可能性があるので、私に相談してくれと言われていた。
 
 今回はこういった通常の手続きを省いて、『RH Princeville Ltd, India』を設立して、インド人が現地で運営するよう提案した。技術も全て無料で教える、ただし、部品は「RHプリンスビラ」から購入するように勧めた。私にしたら、インドの市場において「部品+10%」でも利益があれば、膨大な利益になる。インドにある水の会社は全て大企業で、プラント装置の価格も世界共通の価格で、安くはない。ベトナムや中国でも同じ仕組みで、時間3トンクラスのRO膜設備や、プラント装置を製作依頼しても、当社と比べると、製造コストははるかに高値なので、価格については、他国に負けない絶対の自信を持っている。更に、膜フィルターの量がさばければ、日本でも圧倒的な低価格で、世界最高の装置を製作・販売することが出来る。

 インドのムンバイで開かれた「Aqua tech India」で、アメリカ製の10インチのUF膜を販売していた。その価格を調べると、1本6000ドルだった。その価格を見たとき、上手くやれば、インドの市場で勝てる予感がした。現在10インチ以上の膜を製作している会社は、アメリカ・シンガポール・中国、この3社しかない。この内の2社から、直接仕入れられる立場にあるので、圧倒的な競争力を持っている。私も、100%バカではないので、仕入れ価格で圧倒出来なければ、のこのことインドまで行かない。インドでは、6000ドルで販売されている大型膜を、私ならば、3000ドルで販売することが可能だ。

 次に、“超純水装置(EDI装置)”も、このプロジェクトの柱にしている。インドにEDIの技術を持ち込んで、装置を組み立てれば、世界で一番格安のEDI装置が完成する。日本でのEDIの価格は、時間1トン処理で約1千万円、時間4トンになると数千万円単位になる。この会場に、アメリカのEDIセルの社長が訪れるという情報を得ていたので、水野とこの社長に会い、新製品である「時間6トン処理のEDIセル」の購入交渉をすると、20年も付き合っているのだからと、喜んで契約を承諾してくれた。

 インドを訪れた一日目で、10インチの大型膜に目処が立ち、世界最大の超純水装置のセルの契約も出来て、全てが計画通りに、ムンバイでの1日を終えた。その後、プネに車で4時間かけて移動した。冬の日本から、40度近い暑さの中を移動するのは、それなりに大変な旅だったが、プネにある、輸出の際、LCを発行し、製造拠点となる工場に案内された。何か、得体の知れない期待感のような熱気が、工場に集う社員を包んでいて、礼儀正しく迎えてくれた。小さな町に、日本の地下水の専門家が訪れたと聞いて、インド政府の地下水を、25年間も担当している官僚が、ホテルに説明を聞きに来た。前の晩に、政府の役人に当社の会社概要を説明するよう頼まれたが、疑いに満ちた官僚に、売り込むような説明をしても埒があかないと思ったので、最新のUF膜の構造、性能、特徴を水野が説明すると、雰囲気が一変し、彼らの方から提案してきた。
 
 インドには、未だに、原住民の生活スタイルを守っている少数民族がいて、彼らが住む地域は、窒素で汚染され、硬度も2000ppmと高く、その水を飲むことで、奇形児や病人が多発して、政治問題になりつつあると言う。窒素を取るために、アルミナの凝縮剤をタンク内に投入しているが、メンテナンスもしないので、水はろ過されないまま、生活水として使われている。硬度を下げ、尚且つ窒素も取れる装置を造ってくれと、懇願された。価格は10万円で、政府の買い上げは20万円。これらの浄化能力を備えた、一日5トン処理できる装置で、200台注文が来るのであればできるだろうと決心して、この仕事を引き受けた。

 1ヶ月かけて装置を造り、実際に見せて、後はインドでコピーをするよう提案した。政府の役人は、全く信じられない顔つきで聞いていたが、この装置がうまく完成すれば、小・中・高校の4千校に当社の浄水器を政府の予算で購入すると提案して来た。日本では、このようなビジネスは考えられないが、インドを始め、東アジア地域では、飲料水の確保で水戦争が起きるほど、生命に関わる大きな課題になっている。現地は、枯れた大地が延々と続いて、現在では320メートルも掘らないと水が出ないので、10年後には分からない、地下水の有無が、国の正否をかけるほどの重要な意味を持っている。

 冒頭で深圳の地でビジネスを始めるチャンスに恵まれていたにも関わらず、臆病になってチャンスを失った。このことがずっと頭に残っていて、インドでは、絶対にチャンスを逃すまいと思って、つくばの工場に雨水用のプールを造ったり、様々な開発をしたりして、準備を重ねてその時を待っていた。今回、政府から我々に与えられた課題は、どの会社もクリアし切れない問題だと思うが、力を合わせれば、必ず完成すると確信している。今回、ネパールに送ったEDI装置は、約150万円で完成させたし、量がまとまれば、一気にコストも下るので、目処は立つと思う。

 問題は、インドからのLCで決済をすると言っても、事前に世界中から一番安い部品を調達する必要がある、日本の取引銀行にその話をしても、夢の話としてまともに取り合わないだろう。中国のベンチャー企業の社長に軽く相談すると、インドのビジネスのためであれば、ファイナンスを引き受けてもいいと言ってきた。日本の技術と、膜素材は中国、EDIはアメリカ。この3国の力を合わせれば、インドでも必ず勝てると思う。例えば、日本企業で、大型の膜を4千本発注しても用意できる会社はないが、シンガポールや中国の大会社なら、このくらいの量なら、軽くこなせる生産能力を持っている。今回のインドビジネスは、全ての能力を競い合い、統合して、インドの水革命となるべく、出発点になる可能性があると見ている。

 今回の東北地方太平洋沖地震で、日本の将来が危ぶまれている。しかし、原点に立ち戻って、日本国民が立ち上がれば、必ず、新しい日本をつくり出すことができる。我々は、インドの水事業に貢献して、新しい希望の光を見出したいと願っている。